報道特集で、不登校について取り上げられていた。母はそれをテレビで見たらしく、苛立ちながら私にその話をしてた
クラスで避けられいじめられている子がいて、その子に話し掛けると、あの子は嫌われてるから話さない方がいいとクラスメイトに言われ、どうしてそんな風に避けなきゃいけないのか教師に話すも、社会とはそういうものだと言われ、学校に行くのが嫌になった女の子
もう一人の子は、心やさしい男の子。虐めれ、遠くに行ってくるからと兄弟に伝え、首を吊りあの世へ逝った。その子がいじめられて命を絶った事実を学校は生徒に伝えず、誰も手を合わせに来なかった
すべての学校がそうとは言わないが、日本教育なんて、本当にどうしようもないと思う。なんの為に行くのかわからないような場所。牢獄のように思える。人を見下し避けることに適応できない人間は、弾かれるような場所に行く必要はある?フィンランドの教育に比べれば、日本の教育なんて刑務所と変わらないとすら思う
私は不登校にもなったことがあるし、いじめを受けたこともある。なので、学校という環境が本当に嫌い。集団生活自体が嫌い
弱くて思考能力が狭く可哀想な人間ほど、群れて人を見下して自分の存在価値を高めようとする。そんな人間の群がる場所が学校生活のすべてだったとして、不登校になる方が自然なことだ。私は大人になって、我慢してそんな場所にいる必要はないと知った
そういった群がることしかできない人間のいる場所を転々とし、心が傷だらけになって、沢山の月日が経ち、やっと怒りの感情を持てた。そして、自分がおかしいのではないと気付いた。もしあの時にあのまま死んでいたら、自分を責めて人生はそこで終わっていた
いじめは犯罪。人の心にナイフを突き立てるのと変わりない。その痛みは、経験したものにしかわからない。いじめで自殺をする人が後を絶たないのが、それを示している。生きていても、一生心に残る。私は今も、自分を傷つけた人の顔を覚えているし、その時のことが鮮明にフラッシュバックする。生きていても、一生つきまとう。逝かなかったから良いとは限らない。殺人未遂の被害に遭い、フラッシュバックに悩み自殺する人が多いのでわかるはずだ。心があるなら、わかるはずだ
人を見下し群れたがる人間は、そういう人間だけの世界で勝手にやっていればいい。巻き込んで来るなと言いたい
そんな人間の為に、人生を壊されるのはたまったもんではない
そういう人間は、人を見下すことで快感を得ているものの、人生に対してまったく幸福を得られていない為、すべての人間に生きずるさや群れること見下すことを強要する。気持ちが悪い
人はそれぞれ感情を持っていることを知らず知ろうともせず、人の人生も自分中心にしか考えられない
これから先もそんな人間が大人になり、家庭を持ち、子供を産み、同じような子供が育ち、苦しむ子が増えると思うと、心が持たない。耐えられない
世界は変わらないのかもしれない。政界はきっと、そんな加害者の集まりだと思うから。やさしい人がやさしい世界に逝けるといい。やさしい人ほど、早くあの世へ逝かされてしまうのは、神が連れて行ったからだと思うようにしている。もうこんな世界に居なくていいから、こっちへ来なさい。そう連れて行ったんだと思う。そう思わなきゃ、救われない。耐えられない
綴っていて、苦しい。深呼吸をしないと