なんとなくはじめた日記

でっこぼこの散歩道。立ち止まって考える。死までの待合室

でっこぼこの散歩道

日記

 

だるさが続いて、ブログも投稿したくても集中できず、気付けば下書きばかりが溜まったまま、7月の投稿は0。8月になってしまった

あっという間に月日が過ぎると思ったら、去年の私もそう綴っていたみたい。はてなブログからのメールで、自分のブログを読み返して、そう感じた

母が夏風邪を引いてしまい、久しぶりに料理や家事全般をした。一軒家に住むってことは、少し自由に感じるけど、掃除機掛けが苦手な私には、しんどいものがある。母の洗濯の仕方だと生乾き臭いので、最近は洗濯を率先してやっている。臭いは大分、落ち着いた

買い物へ行ったけど、夏休みだからなのか、子連れが多かった。バス待ちのイートインスペースが埋まってしまうのは正直困るけど、また過ぎれば空く。そう思えば、なんてことない


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f:id:samete_yume:20250729143850j:image母の咳がつらそうで、コンビニへアイス、ゼリー、プリン、牛乳を買いに行った。せっかくだから久〜しぶりに海を見た。いつ見ても、海は綺麗だ


f:id:samete_yume:20250801005452j:image冷やし中華の季節。お婆ちゃん家の食堂、いつもこの時期になると、冷やし中華始めましたの暖簾がかかって、冷やし中華と杏のかき氷を毎日のように食べてた。瓶のオレンジジュースとコーラがあったから、すきな時に飲んでた。懐かしい。もう二度と、戻ることのない日々。お爺ちゃんが亡くなった時、もう二度と食べれない味を想って、泣いた

7/30の朝、突然、警報アラートが外で鳴り響き、津波の注意報がスマホに届いた。大慌て。一睡もしていない、水分も摂っていない、何も食べていない、母は仕事でいない。津波到達まで速くても2時間後ということで、とりあえず食事をして、洗濯を干して、災害リュックや財布などを持って、携帯扇風機も忘れずに。その他足りないものはトートバックに詰めて、自転車へ放り投げた。落ち着かなくて行ったり来たりして、手はブルブルしてドキドキだった。母に電話してなんのアラートかも知らなかったらしいし、職場の人も慌てた様子がなかったらしい。たしかに、家の外は静かで、、まったく危険な感じがしない

役所に電話してもわからないと言われ、こんなんで大丈夫なのか?と不安になるような対応で、謝られた。「避難所が併設され次第、アナウンスする」なんてアナウンスがあったけど、待てどもない。こんな猛暑に外では待てない。役所の人は、三重県すべての避難所が併設されてからのアナウンスになるので、すぐに逃げてくださいと言われ、慌てて電話を切り、バスが止まってしまったらしいので、母にはタクシーで帰るよう促し、なんとか避難所で合流した

だけど、ここからが地獄だった。廃校の体育館はエアコンがない。その上、沢山の照明で外よりも室内が暑い。至る所の窓を開け、大きい業務用扇風機を付けても、暑すぎる。窓際は高齢者が占拠していて、外には冷房をつけた車が沢山止まってる。私は睡魔の限界で、結構寝てた。私はエアコンの部屋の方が苦手なタイプだから、わりと心地よく扇風機の風で寝てた。他の高齢者はギブアップという感じで、解除になる前に帰宅して行った。喘息で集団の場所に居られない人もいて、避難所って色んな人向けに作らないといけない場所だと感じた

まだ、トイレと冷たい飲水があったから、耐えられた。つらかったけど、いい勉強になったと思う。帰宅して、疲れで次の日の午後まで寝っぱなし。今日はその反動で一睡もできないまま、買い物へ行った。いずれ、倒れるかもしれないと思う

 

遅れてしまったけど、選挙が無事終わった。次は9月⋯

今年は母も連れて行った。父は入院中で、看護師にどうするか聞かれたが、断ったらしい。母は乗り気じゃなかったけど、「選挙に行かないなんて、非国民だよ?今のままで、自民、公明党に何を言われても、はいと付いて行くってこと?いつもあんなに政治への不満があるのに?」と言うと、謝られた

私の家庭は選挙に関心が薄くて、私が選挙に行くようになったのも、知るようになったのも、2年前の25歳。それまで、政治のことをまるで知らなかった⋯

日本語が出来るカメルーン人が日本国民にメッセージ「選挙に行け日本人。投票しないならアフリカに来い。本当の狂った政治を見せてやる」

 

三重県は裏金自民党議員が敗れ、立憲の新人に。私は正直、自民党と同じくらい立憲も苦手な党なので、参政党に投票していた。選択肢が少なすぎて、それしかなかったとしか言いようがない⋯もう一つのN国党は、私の住む地域にはポスターすら貼られていなかった笑

比例は、保守党に。代表は苦手だけど、北村弁護士の発言に関心があったので。母は、国民民主党に。代表は頼りないけど、榛葉さんの発言に関心があるので。

今年の選挙は色々と疲れるものだった。ネット上は争いが絶えず、フェイクとリアルの見分け方に慎重だった。だけど、裏金議員の落選が増えたことは、一歩前進だと思う 
f:id:samete_yume:20250801131142j:image商店街でのアンケートで、高齢者が「可哀想だから」という理由で自民党に投票するという声を聞き、絶望した。若者のことより、高齢者優先という価値観の人も結構いた

日本人ファーストという言葉が、議論になっていた。私は悪徳な外国人も日本人も障害者も未成年も、悪いことをしたら、正当に捌いてほしいと思う。真面目に生きている人たちには、国籍問わず寛容な国でいてほしい。だけど、移民となると話は変わると思う

移民を受け入れた国の現状を見ると、厳しい規制や法律を設けないと、日々街中で強姦や暴動が起こってしまってもおかしくない。けして綺麗事では済まされない現状を、Twitterで見た。移民によって崩壊した治安から逃げるべく好きな日本に移住したのに、日本までそうなるのが怖いという声も見掛けた

差別用語かどうかよりも、日本人ファーストという言葉を掲げないといけない、今のこの日本の現状が恐ろしいと思った。平等に平和に公平になんて、人間には程遠いのだと

 

前々から思っていたけど、議員の高齢化がひどすぎる。高齢化社会の日本を表している。森山幹事長が、自民党の大敗について聞かれても、言葉が出て来ない様子や、菅氏の視点の定まらない様子を見て、こんな状態でも働かないといけない世の中を象徴しているようで恐怖だった。もし自分が子供で、その様子を見たら、絶望して大人になりたくなくて死んでいてもおかしくない

 

こんな優雅に暮らす人に、国民の何がわかるんだろう⋯政治家は、平凡な暮らしが出来るのだろうか⋯

 

つらかった学生時代、沢山聴いて、沢山泣いた曲。自然と覚えていて、つらい時、ふいに口づさんでいる。他にもそういう曲は沢山ある

今浮かんだもう一つは、森山直太朗の生きてることが辛いなら

 

7月、つらかった。自分に正直に