
トイレがすき。トイレにいると、落ち着く。母によく、トイレは汚い場所で、トイレは風水的に良くないと言われた。それでもすき
幼い頃は、よくトイレに籠ってた。トイレで食事をしたことも何度かある。狭くて、落ち着く。家でも外でも人が沢山いて、逃げ出しなくなる時、トイレの個室は私の中で唯一の安全な居場所だった。誰の視界にも入らないことが、とても幸せで、透明になりたいなって思ってた
よく、おばけの絵を見てた。おばけは死んだことに気付いていなくて、いつものように生活している。だけど、周りには見えていない。こんな風に過ごせたら、どれだけ穏やかだろうって思う。姿形がなくなればいいのに(↓谷口修さんの絵)
私はずっと、自分が社会不安障害だと思って生きてきたけど、何度転院しても、その診断名は医師から出なかった。この動画を見て、私はやっぱり不安障害なんだと思った
一人暮らしに向けての色々な準備をしているけど、不安が多過ぎて、何度も何度も、担当者に確認をしている。仕事をしても、わからないことは細かく聞かないと不安で集中できなくて、聞きやすい環境が必要だった
社会では、自分が社会の形に合わせて生きないといけないけど、障害者にそれは限界がある。私はそれで何度も退職して、自責や恥ずかしさから引きこもってを繰り返してきた
社会側が合わせてくれることはないから、合わせられる場所を探すけど、そういう所は多くない。あったとしても、もう埋まってしまっていることが多い
例えば、隣や前の席に男性が居る時、動悸や震えで呼吸が浅くなる。それがあるので仕事どころではなくなったり、電車に乗れなかったりする
人の話し声で騒がしくなると、学生時代のことが思い浮かんで、取り残されているような感覚に耐えられなくなって涙が出てしまう
そういう状態になった時、自分の気持ちを抑え込んで、飲み込んで、そう感じてしまう自分を責めていたけど、これは私が感じた素直な感情やトラウマで、責めるのではなく、受け止めないと何も進めないと思った。なので、そうならない環境に身を置く必要がある
以前通っていたA型作業所がまさにそういう所だった。あそこへ通えたお陰で、自分の症状に気付けた。今までは伝えることが恐ろしくて隠していたけど、ビクビクしながら症状を伝えると「出来る限りのことは対応します」「どうして早く言ってくれなかったの〜」「わからないことは何度でも聞いてね。同じことでもいいから」そう言ってくれたことに、何度も救われた
辛抱強く、自分のピースが入る型を探すように、社会や環境を探して整えていかないといけないと思う