なんとなくはじめた日記

生きる世界を間違えてしまった日々

歩ける道を、ゆっくりと

秋風


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こんばんは

気付けば夏が過ぎて、10月も始まっていた

長袖のパジャマが丁度良くて、夜が心地いい

鈴虫の音色が秋を感じられて、うれしい。秋が特にすきなので

 

私の過去の日記を覗くと、投稿頻度が分かりやすく落ちている

ただ、食べ物とか見た景色を残したいけれど、私の人生のほとんどが苦しみなので、苦しいなって話になっている

生きていると色々とありますね。どちらも折り合わせたブログが私はすきなので。こうして気負わずに行こう

 

ここ最近はというと、心がチクチクと痛む

以前の日記で話した面接は合格して、色々と手続きを済ませて、これから仕事が始まる

その不安から、心が不安でいっぱいになっている

その職場の人が、若いのに勿体ないと母に何度も話していると聴いて、自分の人生を考えて考えて

私は一つの職場で長くいるよりも、今のうちに色々な仕事を経験して、それから安定させたいと思っている

介護の仕事は、今の時代に必要なことで、携わりたいと考えている

今回の仕事は病院の清掃で、看護師の方が私の年齢を聞き付けて、資格なしに仕事ができるから気が向いたらおいでと言っているらしく

どんな道もあるけれど、そこに踏み出す元気が出ない

 

不登校だった頃や、レイプされた過去に比べれば、今の私は強くなったと思う。あの頃に比べたら、今はだいぶ楽

それでも、古傷や不安に悩むことは変わらない

ここ最近は、こんな夜に沢山食べ物を口にして気持ち悪くなって、外に出たくなくて運動不足になって、考え事が嫌で寝込むような日々の繰り返しで、なんだか虚しい淋しい日々

 

仕事が決まってすぐに、障がい者年金が通ったと連絡が届いた

 

私の話し相手をしてくれていた人たちのことを思い出して、楽しかったな と落ち込んでしまうような日が、たまにある。私はもう、その人たちに嫌われているけれど、私はその人たちの思い出に、ただ哀しんでいる

 

読者さんにも、Twitterにも、コロナになった方が何人かいるようで

なめていた と言っている人が多くて。私はまだかかっていないけど、いずれなるのだろうと思っている

東京時代に母だけが感染し、その発覚後すぐに父と二人で検査をして、陰性だった。隔離とかはないものの、かからなかった。あの時は大変だった

東京を離れる前、父が一人暮らしをするのでその準備を手伝った日のことを思い出す。久しぶりに二人で過ごすのは、気まずかった。自転車に乗る父の後ろを走って、その背中が歳を取っていて、涙が出そうだった。いつもありがとう と思ったから

父は娘と二人で買い物をしたかったみたいだけど、照れてお互いに歩み寄れず、ずっと歯がゆい

 

中秋の名月

月を母と見た。夜のひんやりとした空気が、本当にすきで、月は眩しくて直視できない程だった

ぼーっと星を見ていたら、火球が流れた。流れ星の中で一番明るいのが火球だと後で知った。感動した


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それから、買っていた少しお高い線香花火を母と二人でやってみた。綺麗だった

花火、寒くなってからするのが一番綺麗だと書いてあった。澄んだ空気に、花火はとても合うそう